ノギノメトロ

国立新美術館 メトロポリタン美術館展

 国立新美術館でメトロポリタン美術館展が開かれました。
 メトロポリタン美術館というと、今から遡ること20年以上前、白馬旅行で行っています。このときの旅行記を残してくれていたトリ先生には感謝です。それにしても、20歳のころの私はちゃんと書くべき内容を競馬に絞って、フルサイズの旅行記をダラダラ書いたりはしていなかったようです。人間なんで退化してるんだ。

 で、メトロポリタン美術館展なんかには本来は興味はなかったんですが、とりあえずせっかくの日曜日に行く場所がなかったので行くことにした次第です。
 白馬でメトロポリタン美術館に行ったときは、「印象派とか分からん」とか小生意気な発言を連発して、ちゃんと分かっている人の妨害(今自分で思い起こしてもウザい)しかしていなかったんですが、ロンドンでBTさんとTate BritainNational Galleryに行ったり(そしてそこで単独行動を取ったり)して、多少は成長しております。今なら能検くらいは突破できるかもしれない。

 まあ、繰り返しになりますが、私は感性ゼロ、頭から入るタイプなので、事前にYouTubeをいくつか眺めてから乗り込んでおります。
 なお、ここは例によって事前に時間指定予約を取る方式なんですが、予約確認メールが迷惑メールに飛んでいたせいで危うくダブル予約するところでした。いやはや。

美術館へ インスタ映えスポット 並んでます

 時間指定で、指定された時間の後ろのほうで入ったので、そんなに並ばずには入れました。よきよき。コロナの影響で導入された時間指定予約ですが、これからもこれを維持してほしいなあ。でも、人数制限取っ払うとなると、難しいかな。



パンフレット 音声ガイドリスト 作品一覧 最後の作品リストだけ撮影可

 当然のことながら、中は撮影禁止です。ただ、現地でいくつかメモを取っていたので、それを全世界に向けて晒します。変換ミスや語彙力のなさ(とりあえずヤバいと書く、等)は混雑している展覧会中に列を離れて隅っこで(撮影のためにスマホをいじっていると疑われないように)こそこそと慌てながら打ち込んだせいでして、これを今書きながら修正すると、「時間をかけて書いたのに感想がズレてる・やはり語彙力がない」ということがバレてしまいます。なので、あえて当日のメモのまま、ここに残すこととします。いやしくも天下のゴッホ様に向かって「よく見るとたいしたことない」とか書いてたりして我ながらビックリしますが、苦情は今の私ではなく、当日に私に言ってください。
 なお、感想が見にくいは今の自分の責任ですが、まあこの感想を読もうとする人なんていないだろうから気にしないことにします。

ピエロ・ディ・コジモ「狩りの場面」
→ グロさとリアル
エル・グレコ「羊飼いの礼拝」
→ とにかくきれい。えるぐれこってきいたことあるな
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ「ヴィーナスとアドニス」
→ ビーナスの肉感がやばい
ヒューホ・ファン・デル・フース「男性の肖像」
→ 何ともいえないリアルさ。なにを表現したいのかは分からんが
ヘラルト・ダーフィット「エジプトへの逃避途上の休息」
→ 目線おかしいけど、母子像のなかでは一番好きかも
ルカス・クラーナハ(父)「パリスの審判」
→ ストーリーとしては興味深い。ストーリーとかいてる場所の地形を混ぜるのか
アンニーバレ・カラッチ「猫をからかう二人の子ども」
→ 何の目的の絵?
カラヴァッジョ「音楽家たち」
→ 左の背中には羽根?そういわれると左はなんかおかしい
グイド・カニャッチ「クレオパトラの死」
→ 艶めかしさがやばい
ピーテル・クラース「髑髏と羽根ペンのある静物」
→ リアルさがとんでもない。この手の静物画はよくみるが
ヤン・ステーン「テラスの陽気な集い」
→ ヤンステーンの家庭という言葉は今にも残るらしい。こんな堕落した絵の時代なのか
ヨハネス・フェルメール「信仰の寓意」
→ フェルメールと言われなければスルーしてたかも。白い服の何ともいえない質感はすごい。地球儀を踏む行儀の悪さで、カトリックが世界を統べることを表すのはなんだかなあ
ペーテル・パウル・ルーベンス「聖家族と聖フランチェスコ、聖アンナ、幼い洗礼者聖ヨハネ」
→ マリア様の目線はどこ?マリアの顔はとてもきれい
フランチェスコ・グアルディ「サン・マルコ湾から望むヴェネツィア」
→ これを見たらベネチアに行きたくなるのはよく分かる
ジャン=バティスト・グルーズ「割れた卵」
→ ストーリーがやばいな
マリー・ドニーズ・ヴィレール「マリー・ジョゼフィーヌ・シャルロット・デュ・ヴァル・ドーニュ(1868年没)」
→ 光の使い方が異質
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー「ヴェネツィア、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂の前廊から望む」
※ これは47ランチェスコ・グアルディ「サン・マルコ湾から望むヴェネツィア」と並んでたはず
→ こうやってみると47との違いがよく分かる
ギュスターヴ・クールベ「漁船」
→ 漁船。これはなんかよい
ギュスターヴ・クールベ「水浴する若い女性」
→ 女性を理想化しないのはよいね
ジャン=レオン・ジェローム「ピュグマリオンとガラテア」
→ 絵にすると気持ち悪さが目立つ
オノレ・ドーミエ「三等客車」
→ ここにきて庶民の絵。誰向けの絵?庶民は自分で絵を描かなかったのか?
ポール・セザンヌ「リンゴと洋ナシのある静物」
→ 絵の構図がおかしいのに、破綻してないのが凄いのか?誰のために書いた?
フィンセント・ファン・ゴッホ「花咲く果樹園」
→ 上半分がきれい。よくみるとたいしたことないのに、なぜこうなる?

 さて、せっかく大都会ギロッポンまで出てきているので、ちょっと歩きます。国立新美術館自体は何回かいったことがある場所ですが(マグリット展とかもここだったはず)、いつも乃木坂駅から入って、そこから出ていました。今回は天気もいいので外界へと向かいます。いつも駅との往復だったので、この美術館の外観を見るのも初めてです。


天祖神社

 国立新美術館から近くにある天祖神社。港区の神社は2012年に七福神巡りをしたときにそれなりに回りましたが、ここは初めてです。色々な人の所有権の間隙を縫って建てられている感がありますが、こんな大都会のど真ん中にしっかりと神社があるというのは大事なことなのではないかと思う次第です。宗教法人への免税がなくなって固定資産税かけられたら一発で吹っ飛びそうですね。どうかこのまま非課税でいつづけられますように。


乃木公園・旧乃木邸

 続いて、乃木神社へ行こう……と思ったら、なんとびっくり、乃木邸が見学できるのですね。乃木神社のあるあたりは何回も歩いたことがありましたが、実際に乃木神社に行ったことはなく、乃木神社まわりがどうなってるかなんて知りませんでした。なるほど、乃木公園として公園化され、乃木邸が残っている上での、乃木神社なのですな……。

乃木公園にあるモニュメント

 てなわけで、よく分からないモニュメントを横目に、旧乃木邸へ。脇(公園側)から入ったので、最初に目に入ってきたのは厩舎なのですが、写真は正門から並べます。
 なお、さすが東京のど真ん中にある乃木邸、しっかりと解説文を文字おこしされている方(それ以外にもしっかりと考察されていて、素晴らしい)を発見。
 乃木さんの愛馬については、長府の乃木神社に行った際にちょっと勉強しました。長府乃木神社に行ったのは前年のゴールデンウィークで、そこからあまり日がたっていない(とはいえ1年弱)うちに意識せずに乃木将軍の厩舎に到達してしまったのは、なんか不思議な気分です。まあ、馬自体は別の馬なのでしょうけど。

正門 指定文化財です 公園案内 管理者が変更されています 公園付近沿革案内 公園内
愛馬用井戸まであります
厩舎。レンガ造りです 愛馬壽と璞

 正門を入ってすぐ左には、御供侍所。御供侍所それ自体の解説はなく、乃木将軍の写真と解説のみです。


 そして、乃木邸。斜面に家を建てたというのがまずもって凄いですし、そのせいで半地下の面白い構造になっています。上から狙われないようにしたのでしょうか。

解説 乃木邸の由来 旧乃木邸の煙突 乃木邸 大応接室
大将居室(殉死の室)。英語だとRoom of Junshiなのですね 乃木夫人(乃木静子氏)居室 下から見上げる 内玄関

 その他、下に降りても見所がたくさんあります。
 いやあ、まさかこんなに広い公園だったとは。

マックアーサーの植樹 灯籠 乃木家祖霊社 月桂樹
乃木大将と辻占売少年像 乃木大将夫妻瘞血之處 元乃木家菜園

乃木神社

 旧乃木邸・乃木公園が思った以上に見所たくさんで時間を使ってしまいましたが、ここでようやく乃木神社にお参りです。
 乃木邸から入ると一の鳥居をくぐるのが最後になってしますのですが、順番を入れ替えます。

一の鳥居 乃木神社境内案内図 教育の碑 二の鳥居 並びます
参拝記念にインスタ映え。森泉さん作成 拝殿脇の梅

 そんなわけでして、近くて遠い場所であった乃木神社・旧乃木邸を見られてよかったです。
 まあ、今は港区に出入りしなくなったから純粋に遠くて遠い場所だったんだけど、そういう状態になった方がかえって行く、ってことですね。

 このあとは信濃町まで歩いて帰路につきました。お疲れ様でした。



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