チョウカイキャロル
不幸な3cm
1994年のエリザベス女王杯は、ショッキングなレースだった。日本全国のヒシアマゾンファン、いや、彼女のファンじゃなくても、おそらく大多数の人が、このレースは、「幻の三冠馬」ヒシアマゾンが、「本来ならばオークス2着」のチョウカイキャロルをぶっちぎって(この際、オグリローマンはもはや眼中にない)、女王アマゾンの力を日本中に見せつけるものだと思っていたし、そうすることで、クラシックの外国産馬開放が進むのではないか、という期待もあった。
しかし、勝つには勝ったが、ぶっちぎりではなかった。レースは3頭の激しい叩きあいとなり、アマゾンとキャロルの差は、わずか3cmであった。
3cmってことは、今、僕の目の前に転がっている消しゴムよりも小さいってことになる。この差をつけたのは一体何か。アマゾンの力か。負けたら下ろされるかもしれぬ中舘の意地か。或は、接戦に弱いというブライアンズタイム産駒の血の宿命か。
とにかく、この3cm差の敗戦と、次の有馬の惨敗は大きかった。これ以降、「もしかしたら史上最強牝馬かもしれない」ヒシアマゾンと、「強いことは強いかもしんないけど、所詮は牝馬」のチョウカイキャロルと、2頭の差は、3cmから、大差に広がってしまった。
95年春、アマゾンはアメリカ遠征に失敗。レースに出ぬまま帰ってきた。一方のキャロルはというと、京都記念で負けた後、ローカルの中京記念で勝つが、そんなもんじゃもう2頭の差は縮まりっこない。続く京阪杯は、「叩き台」的レースをして、ダンツシアトルの2着をキープ。これで本番の宝塚を好走すれば何の問題もないのだが、何と惨敗。完全に、「所詮は牝馬」のイメージが定着してしまった。
こうなったらもう終わりだ。あの女王杯のことも、「あの時のアマゾンは調子が悪かったのさ。そうでなきゃあのキャロルごときにあんなに苦戦するわけがないじゃん。もう一回やったらぶっちぎりでアマゾンの勝ちだよ。」などと言い出す連中(とくにマスコミ)が続出。3cmの差は、もうどうしようもない差になってしまった。
今、キャロルといえば「ノドにカビ」である。「ノドにカビ」…弱そうなイメージしか浮かんでこない。なんか、ナマケモノ(動物名)を想像させる。「へー、ノドにカビが生えたんだ。すげー強そう」なんて言う奴はいない(いたらそいつの神経疑うぞ)。「ノドにカビ?だせー。タラタラやってるからカビが生えるんだよ。どーせろくな奴じゃねーよ」って言う奴(少なくとも、そう思ってる奴)はかなりいるんじゃないか?
キャロルにとって残念だったのは、アマゾンとの第2ラウンド(正確には第3ラウンドだが、一騎討ち的レースっていう意味で)ができなかったことだろう。キャロルがあの日の力を取り戻すとしたら、そのきっかけはアマゾン以外に考えられない。
競馬は敗者に冷たい。どうせ負けるのなら、2着続きとか、3着続きとか、なにかしら面白いことをしなくちゃなんない。負けたキャロルが影の道を歩むのは当然であり、しかたのないことだろう。
だが、キャロルはGT馬だ。しかも、4歳牝馬の最高峰、オークスを勝った馬だ。それなのに、アマゾンのおつまみ程度の扱いとは…。
「アマゾンがクラシックに出られれば3冠確実」という声に反発すべく、オークス馬の意地を見せたあのレース。今、アマゾンを「幻の三冠馬」と呼ぶ人はいるだろうか?そりゃまあいるかもしれんが、女王杯前と、女王杯後では、その数は相当違うはずである。
その意味で、キャロルは日本の競馬史を変えた馬である。トラツクオーがいくらあがいても、トキノミノルは幻の三冠馬である。(ナリブーがいくらあがいても、ナムラコクオーは幻の皐月賞馬であり、ノーザンポラリスは幻の菊花賞馬である。)しかし、キャロルはあがいて、ヒシアマゾンから「幻の三冠馬」の称号を奪い取った。
勝者アマゾンにとっても、敗者キャロルにとっても、あの3cm差は不幸なものだったような気がする。