弥彦半日観光その1

 土曜日の夜は燕三条宿泊。
 どうでもいいですが,30代の自分でさえ「土曜日の夜」という響きに特別な意味合いを感じないので,もっと若い人は全く何も感じないんでしょうね。そういう人が9th IMAGEやTUBEの「土曜日の夜(ステキなサタデーナイト)」を聞いても意味が分からんよねえ。

 さて。燕三条は,燕市と三条市のちょうど中間点にあるようです。どっちも小学校の頃に特産品の産地として習った記憶があります。
 この燕と三条。どうも仲が悪いらしく,この手の駅にありがちな「どっちが先でどっちが後か」論争を繰り広げたようです。よって,前の文で「燕と三条」と書いたことで三条市の気分を害しているかもしれません。でもまあ,この翌日三条市に行くのでこの場では三条に涙を飲んでいただきたいと思う所存であります。
 で,仲の悪い燕と三条の折り合いをつけるため,この近くにある高速インターは「三条燕インター」にしたという説もあるようです。端から見るとくだらん論争ですが,当事者は必死なんだろうなあ。

 で,燕三条に降り立ってびっくりしました。
 まず,駅の無機質さ。まあこれは地方の新幹線駅だったらこんなもんなのでいいとして,……その無機質な駅に並ぶ,「寛仁親王牌」の幟。意識してみると,結構目立ちます。おそらく,実際にこの幟(とポスター)が目に入っている人はほとんどいないかと思われますが……。

燕三条 ポスター 無料バス停 案内図にも競輪場がでっかく

 この日の晩は三条側のルートイン泊。いやはや,2週間前くらいに予約したんですが,1人向けの安ホテルがここしか空いてませんでした。
 でも,新潟から距離のある三条ルートインにも多くのレッズサポが宿泊されていて,ちょっとびっくりであります。

 さて,翌日曜日は弥彦。本数が少ないので(事前の危惧よりは多かったけど),意地でも間に合わせないといけません。というわけで,食事もそれなりにして駅へ。
 新幹線ホームと弥彦線ホームは若干距離があり,巷でよく話題にされているとおり,弥彦線側は原則無人であります。

 そして,電車が入ってきます。なんと!5両編成!1〜2両を想定していたので驚きです。まさか競輪用特別編成か!?まあ,混んでなかったけどね。電車は通年人力ドア開けの模様。どうも初心者にはドア開けのタイミングが掴みづらく,翌日北三条からの帰りに力を入れるタイミングを外して赤面したのでありました。

燕三条駅 駅構内に鳥居 弥彦線ホーム ホームに降りる ご利用の皆様へ ホーム このキャラクター,何者?

 電車は吉田で一度乗り換え,ここからは安心の2両編成。しかも,進む方向が一緒なのにいちど橋を渡るという安心の辺境地扱い。弥彦線という名前なのに……。

 そして,弥彦駅に到着。
 おお,終着駅。
 この終着駅の,「これ以上電車が進めない」っていう雰囲気が好きなのは自分だけでしょうか。できれば地下鉄よりも地上線の方がいいですね。

電車 終点!! 弥彦駅にて 弥彦駅 トイレ棟 ホームから見えたやひこホテル

 そんなわけで,駅の外に。
 案外観光客はおりましたが,競輪っぽい雰囲気の方はほとんどおらず。まあ吉田からもバスが出てるからね。
 駅から若干気になっていたやひこホテルは,単なる廃墟のようでした。でも,駅前に廃墟はなぁ……。しかも,一部窓空いてるし,内部は風雪に耐えられているのでしょうか?ここから顔が見えたら心霊写真なんだけど。
 で,駅前の「歓迎」時計のまわりにあるプランター,そのすべてに,「寛仁親王牌」の文字が。おそらく競輪のあぶく銭で用意したものなんだろうけれど,それでもこんなに恥じることなく競輪の名前を出すとは!!普通だったら申し訳程度に小さい文字,下手したら書いた側を裏側に,っていう感じだもんなあ。

駅から観光マップ
ここでは競輪は小さい扱い
鳥瞰絵図
それなりに大きい扱い
歓迎 弥彦駅
プランターには大きく やひこホテル。崩壊しないんでしょうか 斜めから弥彦駅

 そんなわけで,まずは駅を出て左手の弥彦公園。
 この公園の最大のポイントは,トイレが新しいということではないでしょうか。田舎にいって安心してう●こができるのは大事なことです。

弥彦公園入口 公園めぐり トイレ 池には鯉 池と噴水 はす池。白い蓮も綺麗ですな

 で,それからもみじ谷を歩きます。名前からして,紅葉期には紅葉が鮮やかに染まるんだと思いますが,残念ながら今は夏なので紅葉は緑。代わりに,アジサイが咲いております。駅前情報によれば,現在弥彦山の山頂付近がアジサイ満開状態らしいのですが,ここ弥彦公園でも楽しめました。
 気合いを入れてつくったのが伝わってくる,いい公園です。競輪万歳。願わくば,整備管理費用が尽きませんように。

弥彦公園絵入口付近のアジサイ
アップよりも引き気味に取った方がいいんだろうな
緑深まるもみじ谷
これが紅葉したらさぞかし綺麗なんだと思います。
この時期の週末に競輪があるならまた来てみたいな
各種アジサイがきれいに咲いておりました
もみじ谷 観月橋の赤色が緑に映えます 参道への道標 観光客向け道標 トンネルはまたあとで

 あまりアジサイに時間を割いていられないので,先に進みます。
 しばらくすると,右手にトンネル,左手に湯神社への道。せっかくなので,湯神社に向かいます。
 観光客向けにデフォルメされた地図しか見ていないので,いまいち正確な位置関係と高低差がよく分かっていませんが,とりあえず山を登っていきます。しばらく登ると広々としたスペースに出て,前には鳥居。目的地は近いだろう,ということで,鞄を置いて財布とカメラだけ持っていくことにしました。

はらっぱ 鳥居 石薬師神社参道とあります
「湯神社」というのは
もしかしたら最近つけられた
名前で,昔は石薬師神社と
呼んだのかな?
癒しの森

 鳥居があったので,てっきりすぐ神社に着くんだろうと思っていたら,想像していた以上に距離がありました。しかも,せっかく山を登ってたと思ったら山下りが始まったりして,実は神社を見落としていて,別の参道を歩いているんじゃないかと不安になってしまいました。
 途中から木の鳥居が増えます。稲荷神社だと鳥居の柱部分に奉納者の名前が書かれていることが多いように思いますが,ここの鳥居にはそんなものはなく,もしやみんな自分の名前もアピールせずに奉納しているのか!?と思いかけました。が,鳥居の左上にちゃんと奉納者のお名前が書かれていたのでした。そりゃそうだよね。

鳥居 右手は御殿山配水池跡 跡地
単なる草むら
桜園
参道は下りつつ進む 途中あったお社 鳥居 下る
鳥居 昭和58年に修復された井戸 ゴールが見えた!

 こんな山奥の神社に人などだれも来ないだろう,と自分を棚に上げながら歩いていたところ,道中,ほかにも参拝客がおられてNPを追い抜いていきました。安心しきってさっきの広場に荷物を置いてきた身としては,若干冷や汗ものであります。まあ,山の中なのに参道もきれいだしなー。
 しかも,神社社務所には神職さんまでおられました。NPを追い抜いた先客氏の話を盗み聞きしたところによると,どうも神職さんは弥彦神社を定年退職されて曜日限定でここにおつとめのようです。まちからはそれなりの距離があるので,いい運動になりますね。

見えた! 由緒 お社 ちょっとひいてお社 出勤日は1,2,15と
土,日,水,祝

 先客氏はどうもご親族がこの神社と縁が深いらしく,神職さんは先客氏のご親族はよくご存じのようでありました。
 で,そのような信仰の厚い方のあとに競輪観光客NPが神職さんとなにを話すのか,という状態なのではありますが,少し話を伺ったところ,「ここは普通の神社じゃなくて石を祭っている」ということでした。古い道標の「石薬師神社」というのが神仏習合したころの話で,弥彦温泉の源泉地に奉祀されていた湯神社はあとからここにくっついたんじゃないかと勝手に予測します。「くっつく」ってのがなんなのか自分でもよく分からずに書いてますが。
 また,奉納されている鳥居もNP的にはこんな山の中にこんなたくさん!という感じだったのですが,神職さんによるとやはりこれでも減ってきているようであります。

 そんなわけで,再度弥彦公園に戻ります。行きは結構距離があったように感じましたが,戻ってみるとそれほどでもないのはいつものことであります。

 で,鞄を拾い上げて,先ほど通らなかったトンネルへ。

癒しの森からもときた広場へ トンネル トンネル内 フラッシュを焚いてみた トンネルを抜けた逆側から 道路に向かう道
ここも雰囲気があります

 トンネル内を歩いていたところ,反対側から,「さっきのレースが……」「2着が……」という会話をしている男性2名の声が聞こえました。なんでこんな朝っぱらから競輪客がこっち(弥彦駅方向)に向けて歩いているんだろうか,さっきのレースってことは(時間的に)1レースか?いきなり全部すったのか?などとアホなことを考えていたら,お2人は陸上用のランニングシャツを着ておられました。
 ううむ,これは想定外だった。でも確かに,まさに陸上の会話だな。

交差点にある案内板 その下のプランターも寛仁親王牌

 そんなわけで,弥彦神社に向けて歩いていると,雨が降ってきました。最初は小雨程度で傘もさしていなかったのでありますが,だんだん強くなってきました。
 そんなわけで,できれば早く弥彦神社を目指したかったのですが,途中に「親鸞聖人清水」なんていう矢印を見つけたらいかないわけにはまいりません。親鸞さんがどういう流れで都を追われたのかというのは完全に記憶の彼方ではありますが,とにもかくにも,こうやってこんこんと清水が湧き出るようになったのは親鸞さんのおかげなのでありました。

案内板 由来 こんな一角 こんこんと湧き出ます 手作りの案内板 南無阿弥陀仏

 予定外の史跡を発見して満足していると,雨はさらに強くなってきました。これはやばい,ということで,本来はサッカー用に持っていた埼スタポンチョを着用。温泉街をポンチョ出歩くなんてのはどう見ても変人なわけですが,鞄をガードするためにはこれしかない。折りたたみ傘なんかじゃ対応できないのであります。
 しかし,親鸞聖人清水を見るために道を外れたおかげで,住吉神社と本高寺にも立ち寄ることが出来ました。本高寺はよくみると結構面白いお寺なのかもしれませんが,とにかく雨がひどかったのでざっくりと見ただけです。

住吉神社 大楠の案内 本高寺 昭忠碑
境内 観音様 お不動様 お地蔵様 多分本堂


玉兎15個入り

 それにしても,雨宿りしたいと思ったときに限って雨宿り出来る場所がありません。弥彦神社を目指してひたすら歩くのみです。

 豪雨の中を歩いていると,だんだん温泉街っぽい雰囲気に。和菓子屋さんがあったので雨宿りがてら入ってみました。米納津屋というお店。
 お店の方に伺ったところ,弥彦の名物は「玉兎」というお菓子とのこと。そして,米納津屋の名物品は「雲がくれ」というお菓子だとのこと。せっかくなので,1つずつ買ってみました。ええ,雨の中どうやってこれを持ち運ぶのかなんて全く考えちゃいませんでしたとも。

 職場では玉兎よりも雲がくれの方が人気でした。でも,どっちもなかなかない食感のお菓子だったのでよかったよかった。米納津屋さん自体は弥彦ではなく吉田の会社のようだったのがちょっと誤算でありましたが。



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