はるばるはこだてその2

 そんなわけで,函館どつく駅前にある厳島神社です。
 いまいち函館における七福神の取り扱いが分かりませんが,とりあえずこちらには恵比寿&弁財天が鎮座しているようでした。僕だけでしょうか。多分「天」という言葉に既に尊敬の意味が込められてるからだと思いますが…。そういえば,このあたりに弁天砲台があったりしたわけですから,ここに弁天様が祀られてるのは当然か。恵比寿様はどこかから避難してきたのかな?
 それはさておき,事実に厳しい函館市の解説にあるように,この神社にはいろいろなものが奉納されております。大阪昆布屋の手水鉢とか。そして,気になるのが怪しい石の彫刻。ぱっと見,道祖神に見えますが,よく分かりません。というわけで検索したところ,やはり道祖神でした。
 あれれ,確か昨年新潟白山神社で,「日本最北端に安置されている道祖神」を見た気がするんだけれど……。

解説 鳥居 手水
上でぐるぐるCDがまわってます
昆布屋 拝殿 弁財天&恵比寿さん 宝船も
ちらっと見える
お姿がセクシー?
恵比寿さん
表情が晴れやか
摂社 解説のない石仏群

 そして,弁天砲台跡地を横目に,坂を上がっていきます。この時点では箱館戦争の流れについて正直よく分かってなかったのでほぼスルー。まあ,遺構はほぼ残されていないようなので,戦争の状況について分かっててもさくっと流したでしょうが。


 さて,ここから山登り。函館は山頂付近を横でつないでくれていないので,登ったり降りたりしないといけません。精神的に疲れます。まずは山上大神宮を目指します。正直,疲労困憊。途中,旧ロシア領事館脇を通りましたが,道を渡ってひいた写真を撮る気力も無し。破風+煉瓦という,和洋折衷さが美しい建物ではあったんだけれど。
 そうまでして山上大神宮に行かなきゃならなかったかというと,今にして思えば特に史跡があるとの情報もなかったのでそんな必要も無かったんだろうな。でもまあ,神社とか寺院って行ったら思わぬ発見があることが多いからなー。
 そんな思いで乗り込んだ山上大神宮は,どうもお祭りか何かの準備中だったようで,非常にバタバタしておりました。そのため,あちこち探索するのも申し訳ないような感じで,お参りしてすぐ退散してしまいました。なんのために登ったのやら。


準備中

坂が急な分,景色はきれい


 さて,ここから寺院3連発。海岸線と平行に走る道には路上駐車している車も多数おり,さらに,寺院の中も車があふれかえっておりました。全く意識してなかったのですが,7月15日って函館ではお盆なんですね。Wikipediaでも新暦7月15日にお盆を行う場所として函館が明示されておりました。はっきりいって,こういう場にカメラ片手の観光客がヘラヘラしながら入っていくのは勇気がいります。が,せっかく函館に来てスルーするわけにもいかないので,とりあえず寺院内に入ります。

 ところで,「フレンチドッグ」の屋台が出てました。
 フレンチフライやアメリカンドッグはきいたことがありますが,フレンチドッグは初耳。横から覗いた限りではアメリカンドッグに近いように見えましたが……帰ってからWikipedia先生に尋ねてみたところ,主に北海道道東地方で売られているもので,調味料や生地が若干異なるようです。かつて愛媛の「東京ケーキ」に驚いたことを思い出しました。縁日にも地域差が出るんですな。若干作り方が異なるなら,フレンチドッグの店とアメリカンドッグの店が並ぶこともあるのかな。それにしても,ソーセージを小麦粉生地でくるんだものを「外国名+ドッグ」にする点では一致しているのが面白い。函館は歴史的にフランスと接点が多そうだからフレンチドッグなのかな,とちょっと思ったりもしたんですが,道東メインだとすればそれも関係なさそうだな。


 さて,まずは実行寺。う〜ん,本当に人が多い。みなさん真面目にお参りされている中,カメラ片手に写真撮るのはなかなか勇気がいりますな。
 この実行寺,日蓮宗のお寺ということです。なぜか分からんのですが,北海道ってあまり日蓮宗が強いイメージがありません。なんでだろうか。

 ペリーが来航した際には,アメリカ海軍写真班の宿舎として利用されたとのこと。ペリーって浦賀のイメージしかないんですが,函館にも来てたんですね。それにしても,お寺を寄宿舎として利用するのはいいんですが,布団で寝たのか,ベッドを持ち込むか作るかしたのか,ちょっと気になります。この当時は便所も純粋和式だろうし。さすがに早朝のぞうきん掛けをアメリカ人がやったりはしてないでしょうが。そもそも,タダで泊めてたのでしょうか?
 で,その後は箱館ロシア領事館として利用され,箱館戦争後は旧幕府軍の戦死者を収容してここに埋葬と。完全にWikipediaを追っかけてるだけです。戊辰戦争〜箱館戦争期の旧幕府軍の扱いってのはなかなか気になるところです。なんだかんだと判官贔屓な日本人なのであります。
 さらには日仏親善函館発祥記念碑なんかもあったりして,国際色豊かなお寺ですね。日蓮ってどっちかというと国粋主義的イメージでした。特に根拠はありません。

解説 山門 本堂 日仏親善
日持上人 お地蔵様 七面山 馬頭観音
文字だけです
菩薩堂

 それにしても,参拝者が多いです。邪魔しないように退散。

 続いて称名寺。
 ここはWikipediaの記事がありません。
 ここも参拝者でごった返してます。ここには高田屋嘉兵衛の顕彰碑、土方歳三と新撰組隊士の供養碑、高田屋一族の墓などがあり、さらには宝物堂には円空仏や北海道最古の石碑なんかもあったりするようです。
 が,体力的にもけっこうきつかったのもあり,ここも簡単にスルーしてしまいました。あとから写真を眺めてると,そこそこ見てはいたようですが,現地では一つ一つ検分する余裕なしでした。まあ,ここまできて新撰組隊士の供養碑と高田屋嘉兵衛の顕彰碑を見逃す観光客ってのもなかなかいないのではないかと胸を張っておきたいと思います。
 ところで,ここに新撰組隊士の供養碑がある理由ってなんなんだろうか。あまり宗派性とか関係なく,反政府軍の隊士を供養できる場所がこういうところしかなかった,ってことなんだろうか。

解説 山門 山門越しに本堂
駐車車両が多い
本堂 観音堂
河野政通公の供養碑
近代の人だと思ってぼーっと解説読んだら
アイヌとの争いって
コシャマインの戦いのことなのか
日ロ漁業株式会社従業員精霊塔 第2次大戦戦災者慰霊碑 函館空襲を記録する会の方々が
奉納されているようです
大新丸遭難溺死者の碑
この事故は知らなかったんですが
どうも漁船の事故のようです

 で,最後に高龍寺…に行こうと思ったら,向かいにもお寺があったのでまずは寄り道。
 成田山真言寺であります。てっきりここが成田山の函館別院かと思ってたのですが,実は成田山の函館別院は別の場所にありました。てなわけで,少なくとも成田山新勝寺とは直接的な関係はないんじゃなかろうかと思います。
 尤も,中を覗かせていただいたところ,よくある「地元の方がふらっと立ち寄る集会所的なお寺」になっておりましたので,地元からは愛されているのではないかと思います。別に無理して成田から愛される必要もないよなあ。いや,お金のこととかよく分からんけど。
 脇には手書きっぽい解説がありました。あわせて函館市の解説もあります。函館市の解説は手書きのものを要約したかたちになってますね。それにしても,函館は火事で寺院が移転しまくってますな。怖い怖い。あと,「盛り場」って「gay quarter」って訳すってことを知りました。

 さらにより道して(正確には,まず真言寺を発見して,さらに奥に鳥居を発見したので,真言寺外観→鳥居・神社→真言寺にお参りという順序ですが,まあどうでもいいや。),入船稲荷神社。

函館市の解説 函館文化会の解説 お堂はこんな感じ おみくじの開祖 内部 入船稲荷


 で,いよいよ高龍寺。東北以北最大という説もあるらしい威風堂々とした山門から中に入ります。いやあ,でかい。しかも凝ってるなあ。
 そういえば,ここもWikipediaの記事になってませんね。でも,検索してみたところ,高龍寺は火事等々で場所を転々として,ここに来たのは明治12年とのこと。てことは,さっきの成田山真言寺の方が古くからこのあたりに鎮座していることになりますね。
 ここも混んでます(あれ。考えてみたらなんで真言寺は混んでなかったんだろうか。檀家がいないのかな?)。運転能力に欠けるNPとしては,絶対こんなところに入り込みたくないな,という勢いで本来駐車スペースではない場所にも係員が車を誘導していきます。いやはや,見ていて恐ろしい。
 で,最後なので体力を振り絞って,ここでは内部拝観させていただきました。なにやら絵が開帳されているとのことで,ゆっくり拝見しましたが,結局2ヶ月経った今日現在,どういう絵だったか既に記憶から飛んでおります……。
 ここを見ていると,「七堂伽藍様式をほぼ備えた、函館で唯一のお寺」とありました。なんだその「七堂伽藍様式」は,と思って検索してみると,Wikipedia先生が「禅宗では七堂伽藍というと、山門、仏殿、法堂、僧堂、庫院、東司、浴室とされるが、禅宗以外も含め、宗派や時代によってまちまちである。実際には、単に多くの建築物を擁する大寺院を七堂伽藍と呼ぶことも少なくない。」と教えてくれました。どうも結構いい加減みたいです。でも,とにかく,フルスペックなお寺だということなんだと思います。尤も,七堂全部揃っていてフルスペックであることが仏教的にどういう意味があるのか,あるいは曹洞宗の修行としてフルスペックな道場であることに特別な意味があるのか,ちょっとよく分からないところです。

高龍寺 山門
とにかくどデカイ
彫刻も凝ってます
手水。丸金の文字があるので,金比羅堂とセットなのかな? 踏ん張ってます
四隅の力士は片手だけですね
金比羅堂 本堂脇の観音様
本堂 ここも彫刻が素晴らしい 脇の諸々の奉納仏 傷心惨目の碑
函館の仏教寺院は敗者をどう供養するか
非常に腐心しているようであります

 そんなわけで,山側のお寺をとりあえず一回りして満足したので,いったん函館駅に帰ります。ここで荷物を拾い,観光案内所で野外劇のチケットを購入。この野外劇,チケットをどこで買えるのか・当日券の有無・チケットが自由席なのか指定席なのか(席取りのために早めに行くべきなのか)などがちょっと部外者に分かりづらいのが本当に残念。観光案内所で買ったチケットは特に日時指定もなく,しかも当日料金でもなかったです。市民創作なのはいいとしても,このあたりはもうちょっと運営を頑張ってほしいと思うのでありました。
 それから函館駅付属の喫茶店でしばし休息し(仮眠し),いざ野外劇へ。

 
国道元標

 ところで,こうして初日に路面電車に乗っていて,あるいは2日目以降も路面電車を使っていて思ったのですが,函館の路面電車って函館市を横断していて便利は便利なんですが,これももうちょっとなんとかならんのか,とも思ったりしました。特に,1日券なら車掌に見せるだけなのでいいんですが,バスとの共通券を使うといったん機械に整理券を入れたあと共通券を通すという,何故だか知らないんですが極めて面倒なシステムを採用しています。これが渋滞を招くんですね。経費削減目的もあるんでしょうが,函館駅のような乗降客が多い駅でも現金取扱いの車掌が後ろ側のドアで待機することも少ない(旅行2日目は花火大会があったのでさすがにいましたが)し。これまで路面電車の走る松山で生活して,広島長崎岡山高知熊本あたりで利用させていただきましたが,ここまで乗降客の渋滞でストレス感じた路面電車も無かった気がするんだよな……。
 ただ,ここはおそらく日本各地の古い電車を引き取ってるんだと予想しますが,乗るたびに車両のタイプが違っていて面白かったです。
 競馬場〜函館駅〜観光地を結ぶ重要な導線なだけに,また,路面電車っていう乗り物自体も好きなだけに,もうちょっとなんとか頑張ってほしいなあと思うのでありました。

 さて,くだらない話はさておき,いよいよ野外劇。まあ,別にそこまで見たかったわけではなく,単にこの日の夜に行く場所がなかっただけです。もともとは漫喫泊を考えており,漫喫泊ならシート確保のために早めに入店しないといけなかったし。

 野外劇は,まずこれを企画立案されたフィリップ・グロード師の追悼から始まりました。……亡くなった直後だけならいいんだけど,どうもこの年は毎回やってそうな雰囲気。う〜ん……。
 以下,見ながらメモったことを中心に,だらだらと。
・ やはりキリスト教への迫害等,キリスト教の色が濃い。大千軒岳の話は知らなかった(厳密には函館ではない気がするが)。
・ 「和人」を「シャモ」じゃなく「ワジン」と呼んでいた。
・ 函館港は水深が深いために使われた。高田屋が入ってきたときの人口は2000人。
・ 新島襄は正教を学んでいた
・ フランス人がアイヌ語辞典を作っていた
・ 蝦夷共和国が市民に嫌われていたことに触れている
・ やはり土方は扱いがよい
・ 序盤の「は〜こだでぃ」という発音が非常に心地よく耳に残った。コロボックル役の人が上手い(もちろん司会役も上手い)。
・ ペンライトは最後の大合唱で振るために使用。まあ買わなくてよかった。
・ 観客として小学生の団体。土曜日にご苦労様です…。
・ 最後の花火を含めて,非常にお金がかかっている。どう考えても黒字にならんような……。役者はおそらく強制動員かかってるんだろうな。

 で,結論として,見てよかったです。なぜかというと,既に書いたとおり,僕は箱館戦争について知識が皆無だったんですね。土方歳三が五稜郭で死んだと思ってたくらいです。なので,こうして箱館戦争の歴史を(劇なので史実をデフォルメしているとはいえ)流してくれて,非常にわかりやすく頭に入ってきました。やはり知識は目と耳から入れるに限ります。
 そんなわけで,非常に勉強になりましたし,大勢の方々が生き生きと演じられていて,見ていて楽しかったです。
 それにしても,五稜郭の一部を劇場として使うという発想が凄い。どうやって文化庁だか教育委員会だかの許可をとったのかも気になります。ちょうどお堀があって土塁があって,天然の(五稜郭自体は人工物だけど)劇場としては凄いよなぁ。

入場門 劇場への道
ちなみに,このとき僕は
五稜郭を初めてみました
日本馬主協会連合会寄贈の物置です 舞台 神父さんの追悼ショー

 そんなわけで,バスに乗ってホテルへ。
 気持ちよく温泉泊です。当たり前だけど,漫喫よりはこっちの方がいいよなぁ。

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