臼杵好きその1
臼杵に行きました。こんなことを書くと,「おいおい,オペラオーが生まれたのは臼杵じゃなくて杵臼牧場だぞ,間違えるなよ」などという声が聞こえてきそうですが,今回行ったは大分県の臼杵市です。今回の旅に馬は出てきません。
ド田舎の埼玉や群馬の方々には想像がつかないかと思いますが,大都会のみかんに住んでいると,船が重要な交通手段になります。そして,フェリーというのは旅客よりもトラックなどの運輸部門が重要な顧客なので,特段大都市間を結ばずとも,国道と接続していればそれなりの役割を果たせます。それよりも,落ち着いた港で安全に荷の上げ下ろしができることのほうが重要です。
というわけで,今回乗ったのは八幡浜と臼杵を結ぶフェリーであります。
読めますか,「八幡浜」と「臼杵」。「やわたはま」と「うすき」です。いやぁ,日本語って難しいですね。
そんなこんなで八幡浜。近年はちゃんぽんで無理矢理売り出そうと頑張っておりますが,一般的には全く知られておりません。そして対岸の臼杵。ここも知名度は下の下だと思います。下の下の下ではないでしょうが……。しかし,こんな八幡浜と臼杵を結ぶ航路は2社競合だっていうんだからびっくりですね。かつては3社競合だったっていうんだからなおびっくりです。
さて。八幡浜駅には「別府連絡」の文字があり,八幡浜が海に開かれた街であることが分かります。分かるのはいいんですが,船とJRとバスの接続が全く考えられていないあたり,旅客需要のなさを露呈しております。また,臼杵の存在感のなさも明らかになるのであります……。
てなわけで,駅からタクシーで港へ。
八幡浜駅 「別府連絡」の文字が。 臼杵はどこに?? |
八幡浜港ターミナル内 | ターミナルと船 | 見上げればみかん畑 |
オレンジフェリーと宇和島運輸,特にどっちでもよかったのですが,時間的に早発はオレンジフェリーだったのでオレンジフェリーに。オレンジフェリーは船を新しくしたばかりで,とてもきれいでした。それよりなにより,旅客数がほんのわずかなのでゆったりたっぷりのんびりできたのであります。こういう「客の少なさ」を理由に「快適でした!」と書くことには若干のためらいもあるのですが,それでも快適だったものは快適なんだから仕方がありません。
適当に船内を散策。新しい船なので綺麗です。他に比較できるフェリーが松山小倉フェリーと松山広島フェリーしかないのが弱いですが(その後周防のフェリーとかにも乗りましたが),それらと比べても圧倒的に綺麗です。なので,雰囲気が明るい。
そして外にも出てみました。やっぱり風が気持ちいいですね。全身で風を感じられるのが船旅のよいところであります。
そんなわけで,散策を終えてあとはゴロゴロ。好いているので気兼ねなく手足を伸ばすことが出来ます。嬉しいですね。3時間に満たない船旅なので,あまり寝られませんでしたが,それでも船旅を満喫しました。
口を開けております | おれんじ九州 | 反対側には宇和島運輸の「おおいた」 | 案内 | もしものために | 記念撮影用 |
広々スペース | 細かな心遣い | 新しい船なので綺麗なトイレ | マッサージ器 | 船といえばゲームコーナー | 椅子席 |
外が見えるラウンジ | 海をかき分けます | 太陽がまぶしい | モーニングセット | 豊後水道の眺め | 造船所かな? |
そんなわけで,船は臼杵に到着しました。九州上陸であります。
徒歩客はほとんどおらず,いたとしても迎えの車が来ている方ばかりで,「人の流れを追えば自動的にバス停についてそのまま乗れば市街地へ」という地方の競馬場の応用技を使える状況ではありません。道は自分で切り開かないといけないのであります。
で,バス停は目の前にあったのですが,案の定接続なんて考えられていなかったので,タクシーを使うことを内定。となれば,とりあえず腹ごしらえしたいなってことで待合所でうどんを食べてみました。自分の好きなタイプのうどんじゃなかったかなー。
待合所 文字の一部が禿げてるのは このての施設のお約束に近いな |
中。思ってたよりきれいでした | さらばおれんじ九州 | うどん |
で,タクシーで直接レンタカー屋へ行って,車を借ります。
まずは風連鍾乳洞へ。
昔から,鍾乳洞には憧れがあるんですよね−。なんか探検隊気分が味わえそうなので。そういう憧れがありつつも,親に連れて行ってもらえなかったので,憧れと期待値だけが増幅してしまったのであります。そんなわけで,なにかにつけて鍾乳洞に行きたくなっちゃうんですよね−。
「日本一美しい」ことをアピール まあ,美しさは主観的だから言った者勝ちですね |
観光センター 垢抜けてない雰囲気が臼杵っぽいです |
石碑 | 探検口 比較がないので写真だと穴の大きさが分かりづらいな…… 正直,このサイズの穴だと中で方向転換できない可能性があるから 入るのはかなり怖いだろうな…… |
入口へ |
で,中に入っていきます。こういう場所ではフラッシュ焚かずに写真撮るのがいいのは分かってるんですが,なかなかぶれずに撮れないのでありました。
いつも思いますが,それぞれのコーナーに「竜宮城」や「天上界」などの幻想的な名前をつけるのは,誰の権限なんでしょうか。個人で切り開いた浜松の竜ヶ岩洞なんかだと個人で好きなように名付けられそうな気がしますが,こういう場所だとやっぱり会議で決めるんでしょうか。NPのような変な奴に余計な権限を与えると,「ライスシャワーの間」「黒王の石」とかよく分からない名前をつけかねませんからね。
ここの見所は言うまでもなく竜宮城〜競秀峰〜天上界の大空間だと思います。正直,ここまでのものが登場するとは思ってませんでした。「日本一美しい」という表記を見て,正直馬鹿にしてましたが,そういう看板を堂々と出すだけのことはあるな,とは思いました。
でも,個人的にはちりめん土手のなんともいえない光沢とぬめぬめつるごわ感が気に入ったのでありました。
それにしても,こういう鍾乳洞の造形って絶対人間には作れないよな−。なんともいえない雰囲気です。
洞窟まわりの川。夏っぽい雰囲気ですね | 案内 |
で,また車に戻って,近隣の見所を少し見学します。
簡単に調査したところに寄ると,この野津町は「吉四六の里」として売り出そうとしており,吉四六ランドなる公園もあるようです。はい,読めませんね,「吉四六」。「きっちょむ」だそうです。ATOKさんも一発変換してくれました。普現寺あたりにはちょっと惹かれるものがありましたが,この日の最大目的は石仏見学であり,のんびりしてられないのでパス。道すがらにあるいくつかの史跡を見るだけにしました。
というわけで,まずは国指定史跡の九重の塔。これ,なんともなしに漢字だけ見ていたのですが,なんて読むのでしょう。「くじゅうのとう」で変換したら「苦渋の塔」というなんとも重苦しい変換がなされました。ということは,「きゅうじゅうのとう」と読むのが正解なのでしょうか。
それはともかくとして,九重の塔。もっと小さいかと思っていたら,思いの外大きい塔が現れてびっくりしました。
もうひとつびっくりしたのが,このあたりがSoftBank圏外だったこと。いやまあSoftBank圏外にいちいちびっくりするなよ,と言われそうですが,それなりにまわりに住居もあるんだけどな……。
解説 | 大きい!! | 舟形のくぼみに彫られている仏様 | 横にある塔については 解説がない |
駐車場脇のトイレ | ビニールハウスよりも高い |
続いて,一応野津町がアピールしている金明孟宗竹を見学。うちの実家の近くにも竹林はありましたが,確かにこんな明るい色ではなかったな。面白い。こっちの方がかぐや姫が出てきそうな雰囲気があります。
近所の風景 | 豊かな未来は緑がつくる | 解説 | 明るい竹林 |
はい,続いては磨崖クルスを目指します。その道中,大きな鳥居があったので面白い神社でもあるのか,と期待して山を登ったところ,歩いても歩いても墓地しか出てこずに途中で引き返しました。山自体がご神体なのか,それとももっと先にお社があったのか,あるいは分岐を見逃したか?まあ仕方ない。
そして,磨崖クルスであります。
小学校の頃一時的にカトリック系の学校に通っていたこともあり,こういうキリスト教系の史跡を見るとつい寄ってしまいたくなるのであります。まあ,鳥居やらクルスやら石仏やら,一体お前は何をしたいのか,モスクはどうした,という感じでありますが。
これがキリシタン弾圧期を乗り越えた理由については諸説あるようですが,現代人としてはむしろ,こんなレベルの十字架でさえ一つ残らず廃棄されていたということに驚きます。どれだけ探知能力が高いのか……。
鳥居トラップ | 目立つ案内板 上の円内のおじさんが 吉四六さんですね |
解説 下が隠れて見えないので,予算が付いたら是非改善を |
うっすらと浮かぶ十字架 当時はもっとはっきり見えていたのでしょうが… |
続いて,大友義鑑のお墓。義鎮のお父さんですね。こんなところにお墓があるんですね。
大友氏というと,キリスト教を受容するなど海に開かれた大名というイメージがあったので,こんな山奥にお墓があるとは想定外。争いに負けるってことはこういうことをいうんだろうな……。
あと,ここに到達するまでに思いっきり犬に吠えられました。そっちの方が記憶に残っているのであります。
案内板 | 解説 | お墓 | 横から |
というわけで,いよいよ国宝の臼杵石仏であります。