いーないなべ

 いなべ市。
 東京で普通に暮らしていたら,おそらく一生出会うことの無かったであろう街です。ひらがななのは変換ミスではなく,本当にひらがなです。おそらく市町村合併の結果出来たんだろうな,ということはなんとなく推測つきますね。
 そんないなべ市の存在を知ったのは,言うまでもなく草競馬について調べていたからであります。

 さて,いなべ草競馬はおそらく最寄りが三里駅。検索すると大安駅から25分という表記も出てはきますが,とりあえず直線距離的には三里。実際に歩いた場合にどうなるかは行ってからのお楽しみ。
 で,いろいろ検索したところ,草競馬が行われる両ヶ池公園周辺には特に何もなさそうではあったのですが(いなべ観光協会のページはこの点若干見づらい),観光協会のFacebookページなんかを見ていると,なかなかどうして,ねじり橋などという面白い名所もあったりするようです。

 というわけで,あえて北勢線でいなべ市に乗り込みます。北勢線は桑名で近鉄・JRと接続しております。何の因果か,桑名に降り立つのは3回目ということになります。いやー,世の中わからんものですなあ。


 てなわけで,夜行バスで名古屋に降り立ち,そのまま名古屋モーニングには目もくれずに桑名に直行。夜行バスは2台目だったのでそこそこ空いていて,前回よりはよく寝られました。
 桑名で北勢線に乗り換えます。前2回は北勢線の存在にさえ気付いておりませんでしたが,北勢線の西桑名駅は,バスターミナルの片隅に,あたかも競馬場行きのバス停のように小さくたたずんでおりました。
 この北勢線,線路が狭いです。このような線路を使っているのはここ以外にほとんどないとか(その道から足を洗ってるのでこのあたりの知識がかなり杜撰)。確かに,端から見ても細いです。路面電車よりも細いんじゃなかろうか。
 そして,こんなローカル線でも最近は自動改札なんですね。びっくりです。まあ,自動化した方が人件費削れるからいいんだろうな。

時刻表 外から駅を見る 駅入口 窓口 電車がいるとこんな感じ

 この手のローカル電車は学生と高齢者が主要利用者です。てなわけで,朝と夕方に本数が多くなります。これは朝っぱらから行動する旅行者にとってありがたいですね。基本的に朝は苦手ですが,夜行バスを使うと強制的に朝早くから行動することになるので助かります。NPが夜行バスや夜行フェリー好きなのは,こういう強制の契機になるからってのもあります。
 で,日曜日の朝というなかなか特殊な環境でしたが,ジャージを着た高校生が多数乗っておりました。多分どこかで何かの試合があるのだと思います。

 そんなこんなで,大泉駅に降り立ちます。降りたのはNP一人。ここで電車がすれ違っていきました。駅は下手な伊予鉄の駅よりも駅っぽい雰囲気で,きれいでした(あとで調べたところによると,駅の統廃合で新設された駅のようでありました)。
 券売機の奥で音がするな,と思っていたら,中から現われた人が「三岐鉄道運転管理区」と書かれた車に乗って去っていきました。多分電車が出たので,お金を回収していったか,あるいは切符用紙を補充していったか何かじゃないかと思われます。
 さて,駅には一応「沿線マップ」がありますが,上部にあって見づらいし,ざっくりとした地図だしで,まああまり使い勝手はよくないです。沿線マップっていろいろな駅に置かれてますが,どういうものがいいのか,難しいですね。この点,近鉄が出している散歩マップは素晴らしいと思います。
 他方,駅を出て右手に,「駅周辺の名所」看板がありました。ここを見ると……「金井城跡」との表記が。なにっ。そんなものあったのか。完全に見落としておりました。事前準備不足を恥じ入りつつ,慌てて検索開始。とりあえず当初から行動ルートに入っていた円願寺の方向に行けばよさそうなので,当初予定通り進みます。

ご案内 沿線マップ 駅周辺の名所
うりぼうは駅に併設
遠くから駅を見る

 まずは大谷神社。
 ここはいなべ市の観光協会Facebookで,狛犬の代わりに鹿がいると紹介されていたので寄ってみることにしたのでした。
 Google Mapは便利なんだけど,どこから神社に入れるかが分かりづらいのが欠点だな。道無き道を越えて参道へ。

参道
もの凄く雰囲気がありますね
境内方向 石碑 玉はついていないけれど
玉が入っておりました
破風が美しい 拝殿 由緒書 雌雄に分かれております この地域は目がしっかりと塗られているものが多い印象

 後ろの参道を見るに,かなりいい雰囲気の参道だったぽいです。ただ,参道を往復するだけの時間的精神的余裕はなく,次へ向かいました。
 ここは,奈良の春日大社から分祀された神社に大谷神社を合祀した,という流れのようなので,おそらく鹿がいるのは春日神社の流れなんだろうな。春日大社では鹿は神の使い,とのことなので,この鹿は「狛犬の代わり」というよりも,稲荷神社におけるきつねと同じ役割ってことなのだろうと思います。しかし,それにしても,鎌倉期だったらもうちょっと仏教色があっただろうに,由緒書からはそれが全く分からないな……。興福寺由来のものとかどこかに眠ってないのだろうか。

 続いて,円願寺。こういう田園風景は,自分の地元を思い出しますな。
 この円願寺をはじめ,このあたりには真宗のお寺が非常に多い印象でした。このあたりって真宗が強かったのでしょうか??なんか興福寺を筆頭に,昔ながらの仏教が圧倒的に強い地域のイメージなんだけど。
 特に面白いものも無さそうだったし,この先行かなければならない場所が多いので,そそくさと退散。……したところ,どうもここには金井城由来の五輪の塔かなにかがあるっぽいことが,金井城について調べているときに発覚しました。う〜ん,まあいいか。仕方ない。

ネコとウサギは分かるけど
左で泣いてるのはハムスター?
奥に見えるのが円願寺
多分その左手の木々に
金井城があったはず
本殿 装飾

 そんなわけで,金井城跡に向かいます。「どうせ金井神社の近くだろ」などと,なめた考えで適当に歩いていたところ,「金井城←」という看板。矢印が向いている方向は,自分がまさに歩いてきた方向です。あれれ。金井神社付近じゃないのか。
 手がかりを失い,歩き回ったところ,なんとか金井城を発見。それにしても,あの矢印がなかったら大変なことになってた……。願わくば,あと1つか2つ道案内を追加してほしいものですが。Google Map的には,円願寺から橋本縫製の方に歩いてUターン,ということになるんだな。今改めてGoogleMapを見ていたら,奥の曲輪の先に「西宮神社」という表示がありました(実は,このとき,スマホの電池が危なくて部分的にしかスマホを見られてない)。もしかしたらこの西宮神社がお城と縁のある神社なのかもしれません。

道案内 ところで,マンホールにかかれた
この塔はなんなのでしょう??

 金井城には,いかにも個人の方が造ったっぽい駐車場看板に出迎えられます。まあ,日曜の朝っぱらから停まっている車はおりません。自分一人しかいない前提で行動しているので,この奥の藪の中で人にあったりしたら本気で心臓が止まりそうになるほどあせっただろうな。
 金井城には,西側から入っていくことになります。「金井城趾」の看板が完全に木に覆われていて,全く整備されていないこと,タクジロー氏のページで「整備してほしい」と書かれていたことの意味などなどが分かりました。
 しかしですね,この看板を見て「これは期待できないな」と思ったのもつかの間。中に入ると,土橋と左右の堀,目の前には虎口と土塁がはっきりと現われます。びっくり仰天。これは凄い。この堀はインパクトあります。おそらく城が使われなくなってから400年以上たっているだろうと思われますが,よくぞここまでこの堀が残ったと思います(当時の堀かどうかはわからんけど)。

 そして,土橋から奥に入ると…そこは完全な藪の中。その藪の中に,「員弁町指定文化財北金井城趾」の石碑。
 う〜ん,確かにもう少しきちんと整備してほしいな……。員弁町がいなべ市になって,教育委員会的にはここはどうでもよくなったんだろうか。
 そんなわけで,ヘタレNPは藪の奥を探索する勇気もなく,引き返してしまいました。所詮は急造お城マニア。この程度が限界です。ネットを見ていると,やはり探索されている方がおられましたので,それを見て満足しております。ただ,やっぱり写真だと土塁なんかのすごさは伝わりにくいですね。
 とりあえず,やはりこの手の城跡は草木が枯れる冬期に見に行かないとダメだなぁ。1月頃に草競馬やってくれないものだろうか。

手作り感満載 ここを進むと 看板 土橋と虎口 北方向 南方向
中に入っていくと 藪の中に石碑 歩き回りたかったけれど……
土塁 振り返る 南側の堀 再度虎口 外から堀を見下ろす 駐車場から見る城趾

 いずれにしても,こういう面白いお城を見られたのでよかったです。当初はレンタカーも考えていたのですが,結論として金井城の存在を知ることが出来たので,電車+徒歩でよかったな。

 続いて,金井神社。立派な神社でしたが,開けた土地にあるので,金井城とは関係がなく,地域の皆様に大切にされている神社,という位置づけなのだろうと思います。

遠くから 立派な鳥居 境内 拝殿 今まで意識したことがなかったのだけど
足の裏の丸いのはなんなのだろう

このあたりの有力者の家紋?
菊の紋 長尾堂稲荷神社 遠景

 町歩きを続けます。途中,了雲寺を経由して,楚原駅へ向かいます。久しぶりにマルフク看板を見た気がするなー。

懐かしのマルフク看板に加え
この結納品の羽田看板を多く見ました
用水路と鳥 殉国慰霊碑 了雲寺
本堂 本堂の欄干上に寄進額が
飾られておりました
車は鍵のかかる金庫ではありません! 累代納骨碑 少し進んだ先に,
大きくたっておりました
ご遺族の思いが伝わってきます

 そんなわけで,その2へ。

いなべその2

旅行記TOPテーマ別